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zoom RSS 無鐘寺の鐘・・・人柱となった僧侶の怨念の話

<<   作成日時 : 2010/09/30 00:29   >>

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<前>

八月半ばを過ぎた頃、大雨が五日間も降り続いた。
町の至る所で用水が溢れ、何百件もの家が水に浸かった。やがて、ジリジリと照り付ける太陽が顔を出した時、僕は待ってましたとばかり、近くの寺に自転車を走らせた。
そこは僕ら六年生が遊びの待ち合わせをする所。きっと誰か暇なやつが来ているに違いない。
着いた所で視界に飛び込んできたのは、静かな境内には似つかわしくない、大型のトラックだった。フォークリフトと赤土色の大きな塊を積んでいる。その横で十人余りの大人が、お住さんを囲んで話をしていた。
「おっ、いたいた」
同じクラスの誠二と昇が、大人達の後ろで聞き耳を立てていた。
「どしたん?」
声をかけた僕の口を、誠二がシーといって塞いだ。

「確かにあれはこの寺の鐘じゃが・・」
トラックに積まれた赤土色の塊を見上げたお住さんが、掠れ声で話した。
「・・じゃが、ここは知っての通り無鐘寺。江戸時代にその名が付いてより、ここにはないはずのもの」
錆だらけになっていて気付かなかったが、赤土色の塊は、寺の釣り鐘だった。
「お住さん、おかしな事をいってはいけませんや。この寺の鐘なら、ここにあるのが道理ちゅうもんでしょう」
作業衣姿のおじさんが言い、居合わせた人は皆、そうだとばかりに頷いた。
お住さんは、険しい顔をして首を振った。
「この鐘には災いが取り憑いておる。話せば、あんたがたに降りかかるかも知れん」
「いずれにせよ、持ち主ははっきりした。災いがあるというなら尚更に寺に置いて供養してもらわんと。」
鐘に手を合わせる坊さんを後目に、おじさんたちは動き始めた。
「作業開始だ」
「子供はここから離れてな」
僕らは門の外に追いやられた。見る間にも、トラックからフォークリフトが降ろされ、鐘は本堂の向こうに運ばれていった。

「あの鐘って?」
僕は隣に立つ二人に聞いた。
「下川の底に沈んでいたらしいんだけど、濁流で転がされて、下流の浅瀬に打ち上げられたんだ。それを見つけた河川管理組合の人たちが、この寺の空っぽの鐘突き堂を思い出して運んできたんだ」昇がいった。
「災いだなんてな。お住さんは、あんながらくたを届けられて迷惑だったんじゃないかな」
言いながら誠二が、パチンと手を叩いた。
「おっと忘れてた。下川といえば、あそこの潜水橋が、大雨のせいで壊れてしまったそうだ。見に行こうや」
「そいつは見ものだ」
気持ちを切り換えた僕らは、停めていた自転車にダッシュした。

「ありゃ、ひどい」
土手から見下ろした橋は、真ん中から、ごっそりとなくなっていた。

僕らは自転車を降り、通行禁止の看板がぶら下がっているロープをくぐった。土手を下ると、泥だらけの橋が前に伸びて見えた。縁には無数の枯れ草がへばり付いている。
「やっぱり潜水橋だね。川の水かさが増してた時、沈んでいたんだ」
「多分、上流から流れてきた丸太かなんかが激突して、橋は壊れたんだろう」
言いながら誠二は歩き始めた。橋のたもとまで来ても止まろうとしない。僕は橋の上まで行くつもりはなかった。
「オイ・・」
呼びかけようとしたがやめた。怖がっているなんて、思われたくはなかったのだ。
橋下五十センチぐらいをどうどうと流れる濁流を見ないように、僕らは前に進んだ。
あと十メートルほどの所で、橋は無惨にもぶち切れてしまっている。
「この橋の状態で、ここまで来たのって、僕ら」
言いかけて息を飲んだ。前を行く誠二の歩みが、急に早まっていたのだ。
「どこまでいくんだよ!」
誠二の身体が、宙にふいと消えた。
「誰か、誰か」
助けを求める昇の金切り声が後に響くなか、僕は片手をつきながら、そっと進んだ。

幸運なことに、誠二は砕けたコンクリートから飛び出た太い針金に引っかかっていた。
半身を川の水が洗っている。
「おい、いけるか」
夢中で手を伸ばし、誠二の肩に斜めにかかっているポシェットの紐を掴んだ。
「うっ、な・・ん・・」
全身に鳥肌が立ったようだった。
意識を失った誠二の腰に、いつの間にやら黒いものが纏わり付いていたのだ。ぬらつくボロ布のようなそれは、水の流れに反して、じりじりと誠二の体を登り始めている。

・・・ひとつかえ ふたつかえ・・・
間近に迫ったそいつの口から、へどろのようなものが吐かれ、僕の口に飛び込んだ。途端、僕の目の前は、真っ暗になった。



<後>

淡い線香の香が、鼻先から喉奧に流れ込んでいた。経を読む声が朗々と響いている。
『ここは・・』
目を覚ました僕の横には、誠二が寝かせられていた。前には祭壇があり、お住さんがお経を唱えている。もう夜なのか、天井には裸電球が黄色く光っていた。
「さて」
お住さんが振り返った。
「目覚めたようじゃの。君には、しゃんと説明せにゃ」
七十歳をとうに超えてるだろう皺だらけのその顔には、見覚えがあった。先ほどの無鐘寺の住職。ということは、ここは寺の本堂だろうか。
「こげな所で目を醒めして、さぞに驚いたじゃろうが」
『どうして僕はここに・・』
僕が口を開く前に、お住さんがいきさつを説明し始めた。

なんでも、お住さんは、寺を出る僕らの後ろ姿を見て、奇妙な胸騒ぎに襲われたそうだ。それで軽トラで潜水橋に駆けつけ、昇と力を合わせて、気を失っていた僕と誠二を助けてくれたのだ。
「それで昇は」
僕は姿の見えない友人のことを聞いた。
「彼はいけとった。安全じゃ。だからに家に帰ってもらった」
「ということは僕らは安全じゃない。と、いうことですか?」
「まあ待ち、話には順番ちゅうもんがある」
お住さんは痩せた腕を上げ、勢い込もうとしていた僕を制した。

「わしが何故に、下川の潜水橋に駆けつけたかじゃが・・、君らも見たあの錆だらけの鐘は、実は壊れた橋の柱の一本に埋められていたもんでの、その因果が、わしを潜水橋に行かせたんじゃ」
「鐘が橋の柱に埋められていた。因果・・」
首を捻った僕の前、こくりと頷いたお住さんは続けた。
「遥か昔、江戸時代の事じゃよ。
城で大切な会合が開かれる日に、あろうことか、この寺の若い僧侶が、時の鐘を打つんを忘れてしまった。そのせいで侍たちは集まらず、会合は流れてしまった。怒った殿様は僧侶を捕まえ、当時、暴れ川だった下川に架ける橋の人柱にした。僧侶はあの鐘の中に括られて、生きたまま沈められたんじゃ。それ以来、この寺は、鐘のない寺、無鐘寺と呼ばれるようになった。
君も知っているかもしれんが、あの橋では、幾人もの人が、理由もないのに川に転落して溺れてしまっておる。これまで幾度も、成仏のための祈りが捧げられたが効果はなかった」
お住さんの言った通りだった。つい先日、大雨の降る前も、散歩に出ていたお年寄りが、乾いているはずの橋で足を滑らせて川に転落し、亡くなっていた。

「そして鐘は、長き歳月を経て、寺に戻ってきた。だが、奇妙なことに怨念の気は鐘にはなかった。君らが自転車で走り去ってしばし後、わしははたと思った。怨念は下川の潜水橋に残りて、君たちを呼んだのではないかと・・
「僕、水中から得体の知れない物が、這い上がってくるのが見えたんです。もしかしたら、それが・・」
お住さんの話に僕は付け足した。知らぬ間に歯がガチガチと鳴っていた。
「恐らくは・・。そして君たちは、’それ’に見入られ、帰るべき場所にそれを運んできた。勿論、わしが手を貸したことになるが・・」
「それはどういうことですか」
「物事の流れというものじゃ。そして、わしは君らに取り憑いているものを、ここで成仏供養する。済まんが家に帰ってもらうんは、それが済んでからになるが・・、くっ」
多分、すがり付くような視線を浮かべていた僕の目前に、急にお住さんが身悶えしながら突っ伏した。
「ああ、そんな・・」
横たわる誠二の身体から、例の黒いものが流れ出ていた。・・怨念・・は誠二の体に入り込んでいたのだ。その触手のような片手がお住さんの首に巻き付いていた。

ピチャーン ピチャーン
何処からともなく、水が滴る音が響いた。祭壇の蝋燭が消え、天井の電球もバチリと切れた。
闇に包まれた僕の背中に、ぬるりと湿ったものが張り付いた。すうっと青白く光るものが目の前に浮かんでいる。人魂だった。

・・ひとつかえ ふたつかえ・・
あの声だった、耳元で囁いている。目玉を横にずらすと、ぬるめいた塊が肩の後ろから首を出していた。
「く・・」
それを払いのけようとしたが、体は凍りついたように動かなかった。と、人魂が後に流れた。同時に僕は立ち上がった。自分の意志ではない。背中に張りついているものが、体を動かしていた。
障子の戸を開け、裸足のまま本堂を降りた。砂利を擦りながら進んだ先にあったのは、鐘突堂の下に置かれたあの鐘だった。人魂はその中に消え入った。
ぐぐっ ぐぐっ
僕の手が鐘の縁を掴んで持ち上げ、お堂の屋根の下に引っかけた。途中、ボキボキという嫌な音が体中から漏れた。尋常を超えた重さに骨が耐えられなかったのだ。
限界を超えた激痛・・しかし僕は呻くことも、気絶することもできなかった。体はただ操り人形のように動き続けた。

・・・ひとつかえ ふたつかえ・・・
突き棒の綱を握らされた僕の耳元で、声が囁かれ続けた。
僕ははっとした。
怨念は尋ねているのだ。何回鐘を突いたらいいのかを。でも、そんな事を知ろうはずがない。
大きく後ろに引かれた腕の筋肉が軋んだ。骨が折れるだけでなく、腕が引き千切れかかっていた。
『いったい正解は幾つなんだ!』
動かない唇の奥で叫んだ。

その時、鐘の中から低い声が漏れ出した。

・・我が恨みの気持ちに応じてはならぬ。我が本望は、唯に安らかに眠る事・・

激痛が微かに遠退いたようだった。腕は千切れてしまうかもしれない。ただ気力だけを頼りに綱を前に突き出した。
『どうか成仏を!』
ゴーワーンーー
低い雷鳴のような音が響いた。
体を操っていた力が弱まっていく。その場に崩れた僕は、鐘の中からこぼれ落ちたものを握り締め、芋虫のようにのたくりながら、お堂から這い出した。

長く続いた音が止まるのと同時に、お堂の柱が折れ、鐘は地面に落ちて砕け散った。
硬く強ばっていた手を開くと、仏様が手を合わせたような形の骨の欠片があった。
青白い人魂が揺らめきながら骨の中に消え、同時に、僕の意識も闇に消えた。









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