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zoom RSS 禁断の愛を超えたカイトの両親の出逢いのエピソード

<<   作成日時 : 2009/07/30 08:53   >>

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童話『 嵐、そして愛の物語 』


【1.出会い】

無数の黒雲の流れる空の下、風が唸りをあげていました。
灰色に濁った海は、熱に浮かされている者のように狂おしく波をうねらせています。

「あれは・・」
盛り上がった波の頂きから掠れた声が洩れました。

その声の主は若く美しい女でした。暗くうねる波の原にぽつりと顔を出しています。
長い金色の髪は、そこだけに陽が射しているように煌めいて流れ、透き通るような白い肌の半身は、滑らかな鱗におおわれています。桃色がかった尾鰭が踊るように濁った水をかいています。

その女は海人(かいじん)。人間が伝える伝承では”人魚”として表せられる者でありました。
そして彼女はまた、広大な海の世界を統べる王の娘でもありました。今は、王の代行として、海人に理解を示す人間の代表の館を訪れ、南の彼方の島々にある海人の王国にもどる途中でした。

何せ危険の多い海の旅、王は最も信頼のおける大鯨を付き添わせていました。あらゆる海路を知り尽くした鯨のおかげで、海人の姫は全く順調に往路、復路の行程を進むことができていました。
しかし、順調さは退屈を伴いやすいもの。それが災いを招いてしまいました。
ずいぶん南に下ってきた所で、姫は悪戯心を起こしたのです。嵐に海が騒いでいるのを幸いに、付き添いの鯨をまいてしまったのです。そして姫という窮屈な衣を脱ぎ去り、近くにあっても遠い存在、”人間”の住んでいる島に近づき、遠目に眺めていたのです。

その緑がかった瞳の中央には、港から突き出した長い堤が映っていました。波飛沫が洗う細い道を、ひとりの人間が、風にあおられながらとつとつと歩んでいます。

『いったい何を。まさか海に身を投げるのでは』
人間は、自ら命を海に捨てることがあると聞いています。別の世界の者がする事とはいえ、生けるもの総ての母なる海に死を求めるのはとても悲しいことです。姫はじっと見守りました。

堤の先まで歩みよった人間は屈みこみ、そこにあった灰色の塊をそっと抱き上げました。小さな塊は幼気な四脚を力なく動かしています。
『あれは、きっとネコという獣。あの人は、堤に彷徨っていた小さな命を助けにきたのだわ』
姫はほっと胸を撫で下ろし、優しい人間の行いに心を温めました。

「いいえ、いけない」
もう少し見つめていたいとも思いましたが、そのような気持ちを抱いたことを非難するように首を振りました。
「私は海人。我らとの共存協定を結んでいる一部の人間を除いて、人間という者に興味を持ってはいけない。もし見つかるようなことがあれば、大きな災いを仲間たちに招くことになる」
小さくつぶやき、波の下にもぐろうとしました。ですがその時、瞳の端にあった人影が、ふいと消えてしまいました。人間は、堤を襲った高波にさらわれてしまったのです。

『優しい心をもった者が、その優しさのために命を無くしてしまう』

姫は若くて純粋でした。
尊い命が目の前で散っていくのを捨てておくことなどできませんでした。尾鰭をひらめかせて海中にもぐり、堤に向かいました。

濁った海中で、人間は悶えるように足を動かしていました。激しい流れは容赦なく、暗い底に引き込んでいきます。

『もう少し、もう少し』
姫は折りのよい時に、救いの手を伸ばそうと待っていましたが、はたとまずいことに気がつきました。
人間を助けることは容易いことです。溺れて気を失なった所を見計らい、岸辺に連れていけばよいのです。そうすれば姿を見られることはありません。しかし、彼の腕に抱かれている小さな命は、それまではもたないのです。

『大丈夫。まだ覚えは乏しいけれど、忘れ歌をうたえば』
そう考えた姫は、自分よりも大きな体に泳ぎ寄り、腕を伸ばして脇の下を引っかけると、なだらかな浅瀬に向かって水を切りました。
人間の足が砂地に触れたところで体を離し、後に遠ざかった崖下の岩場に身を寄せました。

『さあ、お聞きなさい』
荒波のざわめきのなか、姫は高く響く歌を口ずさみ始めました。

太古の海人語を歌詞とする美しい調べ、人間の心を弛める忘れ歌です。
これを耳にした人間は、呆っとしてしまい、その前後にあったことを忘れてしまうのです。かの人間は、なぜ自分が助かったのか、海に落ちたことさえも忘れてしまうことでしょう。

助けた人間は、飲み込んだ海水にむせながらも、沖に引き戻そうとする波を切って岸に歩いていきました。改めて見れば、それは細い体つきの色の白い青年でした。噂に聞いていた浅黒さや荒々しさは何処にもありませんでした。

姫は精一杯に声を張り、虚覚えの歌を紡ぎ出していました。そのために辺りに注意を払うことができていませんでした。頭上では崖に生え伸びた松の木が、不自然に傾きかけていたというのに。

突然、激しい音が響きました。ついで気を失うほどの痛みが尾に走りました。

「ああっ・・」
洩れ出てしまった悲鳴とともに横を見れば、一抱えもある岩が、尾の上に乗っていました。どけようにも力が入りません。

〔君、大丈夫か!〕
鋭い声がかけられました。いつの間にか青年が駆け寄ってきていました。

〔さっき僕は海に落ちた。もしや、君が助けてくれたのでは〕
抱きしめていた子猫を服の胸元に入れ、青年は渾身の力を込めて大岩を海に押し出しました。
幸か不幸か、忘れ歌は、彼の心の自由を十分には奪ってはいなかったのです。

岩が海に落とされた時、青年の目が大きく見開かれました。痛々しく折れた姫の尾を見つめています。
〔君はいったい〕

『だめ。この姿を心に刻みつけては』
姫は必死に歌を紡ぎ続けました。

のぞきこんでいた顔が張りをなくしていきました。やがて青年は、呆っとした表情で立ち上がり歩き始めました。

『それでいいのよ』
遠ざかる人影を見送りながら、姫は瞼を閉じました。
救った命の温かさが、海綿の衣のように痛みを覆ってくれていました。



【2.忘れ歌】


重なり合う鳥のさえずりが、耳元をくすぐっていました。
岩に砕ける波音とともに、飛沫が心地よく降り注いでいます。

『日が変わっても、私は生きている』
海人の姫は、嵐の去った翌朝の明るい陽ざしに瞼を開きました。気を失っている間に人間達の虜になってはいまいかという一抹の不安を抱きながら・・
「ここは?」
首を起こし、辺りを見回して驚きました。

そこはうら寂しい磯辺でした。
海に向かって大小様々な岩が波に洗われながら顔をのぞかせています。背後には崖がそびえ、その裾から突堤のように伸びる一枚岩に、姫は横になっていました。丁度、中央部分が窪み、半身が乾かない程度に水が溜まっています。大潮の時期の満潮の頃でしたが、海面はまだ肘ほど下で揺れていました。

「私はどうしてここに、」
昨日いたのは港近くの岩場でした。自力で場所を移動した記憶はありません。それに負傷した者を人間の目に付く危険性のある陸上に置いておくなど、同類の海人によるものでもありません。
「私は人間によってここに運ばれ、手当を受けたのだ」
痛々しく折れていた尾は、ベルトの付いた板にしっかりと固定されていました。


〔やあ、起きたんだね〕
明るい声が投げられました。振り返れば、岩々を洗う波を避けながら、昨日の青年がやってきていました。手には黒いバッグを提げています。

「あなたは私のことを忘れていたはず。だのになぜ、ここに」
相手の言葉がわかるのは、人間の代表者との協議のために言葉の訓練を行ったためです。一方、音声の周波数変換器がなければ、こちらの言葉は人間には伝わりません。分かっていることでしたが、姫は傍らに座った青年に問いかけました。

〔何か話しているみたいだけど、君の声は風の囁きのようにしか聞こえないんだ〕
熱心に聞き耳を立てながらも青年は首を振りました。
[それでと、少しだけチクッとするよ]
加えて言いながら、バッグから取り出した透明な筒を姫の腕に当てました。
「!」
軽いながらも骨貝を刺した時のような鋭い痛みが走りました。
姫は思わず腕を引こうとしましたが、しっかりと押さえる力は意外にも強いものでした。

〔これは、怪我をした人が、熱を出さないための薬だよ・・僕はね・・〕
瞳をのぞきこみながら、青年はいろいろと話を始めました。
青年は、島の診療所という所で、負傷したり、病に罹った者の手当てをする医師という仕事をしているとのことでした。昨日は、朦朧とした頭で診療所に帰っていったのですが、今朝、夜明け前に、不意に目が覚めてしまったそうです。

〔君のことは覚えていなかったんだ。けど、頭のどこかで声が聞こえた、患者が浜辺で待ってるって。それで体が勝手に動いてね。君を見た時は、ほんとびっくりしたよ。それで簡単な手当てをして、島の人が来ないこの磯辺に連れてきたんだ〕

姫は胸を撫で下ろしました。自分のことは他の人間には知られていないのです。
「ありがとう、優しい人。手当ての御礼に伴わせるのは気が引けますが、何よりも私は、あなたの心に刻まれてはいけない者」
そっと手を合わせて頭を下げ、再び忘れ歌を口ずさみ始めました。

〔なんだろう、この不思議な感じは・・〕
青年の目は、捉えるものがなくなったかのように宙をさまよい始めました。やがて、ふらりと立ち上がると、その場を離れていきました。


陽は高く昇り、じわじわと喉が渇いてきました。
北方では冬にさしかかっていましたが、南に下った所にあるこの島には寒さはありませんでした。幸いにも飛沫のかかる体は乾くことはありませんでしたが、さすがに海の水で喉を潤すわけにはいきませんでした。

「何か水気のあるものを食べなければ。体の内が干上がってしまう」
人魚は青年が置いていった地上の果物に手を伸ばしてみました。
首にかけた桜貝の殻で朱色の皮を切ると、甘酸っぱい香りが辺りに漂いました。
初めての味わいに、口元は小さく歪みましたが、やがて滋養に富んだ牡蛎(かき)を食べた時のように、体中に水分と力が巡りはじめました。

「陸に住むあの人は、このようなものを食べているのだわ」
知らぬ間に青年の笑顔が思い浮かびました。
「だめ、このようなことを考えては。一刻も早くここを離れなければ・・」
恐る恐る尾に力を入れてみたが、途端に激痛が走りました。

海面を叩いて救助を求める信号を送れば、付き添いの鯨や仲間たちを呼ぶこともできたでしょう。しかし、元はといえば自分自身の悪戯心が招いたことです。統治者の娘として採るべき態度ではないかも知れませんが、むしろ、そうであるが故に、情けない姿のままで宮殿に帰ることはできませんでした。
「もう二日もすれば、尾の痛みは軽減され、不十分ながらも背と腹の運動で海中を進むことができるようになるわ」
姫はもう少しの回復をこの島で待つことにしました。

やがて空は赤がね色に染まり、降り落ちんばかりの星々が浮かびました。
島から吹きおろす風に眠りにつき、遠く潮のざわめきを運ぶ風に瞼を開ければ、東の空は、すでに青く滲みはじめていました。


目覚めた鳥たちが軽やかに鳴きはじめた頃、岩を蹴る足音が聞こえました。
近づく人間が、あの青年のように優しいとは限りません。忘れ歌にぼんやりするまえに、命を奪う恐ろしい武器を使うかもしれません。
姫は泳げないながらも、すぐに海中に身を沈めることができるように、岩床の縁に片手をかけました。
〔やっ〕
目の前に現れたのは、黒いバッグを提げたあの青年でした。
〔君は・・その尾は・・〕
初めて海人という’種’を見たかのように息を止めて驚いています。確かにこれまでに会ったことは忘れているようです。

〔磯辺の患者は、まだ僕を必要としている。頭のどこかで声が聞こえたんだ〕
青年は言いました。どうやら青年の心に刻まれている医師というものの情熱が、こちらに足を向けさせているようでした。

「優しく高潔なる心の人、どうか、霞の彼方に私の存在を散らして下さい」
姫は心を痛めながらも、再度の手当てをしてくれた青年に忘れ歌を聞かせました。
しかし・・次の日も、そして次の日も青年はやってきたのです。

「私が怪我から回復し、医師に対する患者という立場がなくならなければ、この人の記憶から私が消えることはないのだわ」
姫は帰路につくことを遅らせざるを得ませんでした。



二十日ほど過ぎたでしょうか、とうとう姫の尾を固定していた板がはずされました。
海中にすべり降りた姫は、ぎこちなく尾鰭を振ってみました。ゆっくりと、次第に力を込めて。
「ああ、私はしっかり生きている」
久しぶりの水を切る感覚は、あらためて命の在ることのありがたみと、自分が海に住まう者であることを実感させました。

〔いつも初めて会うような君。もう君は、僕の手当てを必要としていないようだね〕
岸辺から見守る青年は満面の笑みを浮かべていました。
『そう、これが本当のお別れです』
人魚は、波間から手を振りながら、歌を口ずさみ始めました。

最初こそは、虚覚えだった歌も、今は、豊かな抑揚をつけてうたえるようになっていました。
・・さようなら・・
遠離っていく人影に、精一杯に感謝の気持ちを込めてうたいました。



【3.掟】


「これで宮殿に帰ることができる。お父上をはじめ、宮殿の皆には、どれほどの心配をかけてしまったことか。でも、すぐには戻れない」
姫は明日の朝までは、この島にいることにしました。青年の記憶が本当に消えているかを確かめてから出立しようとしたのです。

『けど、それだけが明日まで残る理由かしら。私はあの人に期待しているのでは』
それは胸を灼く禁断の問いでした。
「否、他に何の理由があるというの」
海人の姫は首を振りながら、朝日をまぶして煌めく海に身を躍らせました。皮膚の痛みを感じるほどに速く泳ぎ、時に空中に跳び上がり、全身に風の息吹を感じました。

沖合の海底に近い所を泳いでいる時、列を組んで向かってくる数十人もの海人と鉢合わせました。鋭いヤスを握った屈強そうな男の兵士たちでした。

・・ご無事でありましたか・・
そのうちの一人、鯱の刺青を胸にいれた隊長が恭しく頭を下げ、簡易な身振り語を示し、続けて海中で会話が出来るように、自分の頬を姫の頬にそっと寄せました。
「北方からのお帰りが、あまりに遅いので心配していたところ、付き添いの鯨がやっと宮殿に到着しました。なんでも姫様とはぐれてしまい、ずっと探していたが見つからなかったとの事。それで王の命を受けて、この海域に参ったところでございます」

「お騒がせしました」
姫は丁寧に言いました。
「それで、あの鯨には迷惑は及んでいませんか」
「はっは、あれは王の信頼厚きもの。日は流れても、あなた様がご無事にお帰りになられればお咎めはないと思います。ただ今は、あまりの疲れに宮殿の庭園で高いびきをかいて眠り続けております」
隊長は陽気に笑いながら答えました。

『疲れを知らないはずの大鯨が、ずっと眠っているなど・・』
姫は、改めて自分がしたことの罪の大きさを知りました。二度とふざけた行いをしてはいけないと心に誓いました。

兵士らはすぐにでも姫を連れ帰るつもりでしたが、詳しく事情を聞き、その意向に納得し、一日だけ待つことに同意しました。

「もしその人間の心に、あなた様のお姿が刻まれていても、心配はご無用。我らの歌声も加えれば、波間に漂うクラゲと同じ。記憶は透けて、ただ日々の営みに心を揺らすこととなりましょう」
力強い口調で隊長は言いました。



次の日の夜明け前のこと。
沖合から港を眺めている姫の目に、あの青年が、家々の間の小道から歩み出てくるのが見えました。
「あの人間ですか?」
『どうか、磯辺には行かないで』
隊長の問いかけに、人魚はうなずきながら祈りました。

青年はしかし、姫の胸の奥に秘めた何物かに応じるように磯辺へと向かったのです。
その手には、いつものバッグは握られてはいませんでした。代わりにあるのは透明な袋。姫が好んで食べていたオレンジという果物が、五つばかり入っているようです。

海人たちは波の間に隠れながら、後を追いました。

磯辺に着いた青年は、探しものをするようにあちこちに目を向けました。
〔君、僕だよ。出ておいで〕
時折、口に手を当てて呼んでいます。

「あの者は、あなたを探しています」
そう言った隊長は、兵士らに命じました。
「皆よ、うたうのだ。我ら海人の記憶を人間より消しさる忘れ歌を!」
高く伸びやかな歌声が、波の上を走っていきました。もちろん、姫もうたいました。数十人もの美しい歌声は、鳥たちのさえずりさえも止めるほどに力強いものでした。

いつもなら用を無くしたように、港に向かう青年でした。
ですが、何故か今日は、岩の上に凍りついたように立ったままでした。
姫はその前に泳いでいきました。忘れ歌が聞こえているなら姿は見えないはずです。

青年の視線は、苦しげにどこか宙に注がれていました。
〔姿は見えない。でも、夢に現れる君は確かにここにいる。君はもはや、僕の手当てを必要としない。でもこの体は、ここに来るように突き動かされた!〕

『だめ。夢は本当にはないもの。だから私はここにはいないのよ』
姫は心の内で叫びました。

「姫様、そこをお退き下さい」
後から歌をやめた隊長が低く言いました。
「これほどの人数でうたっても効果はない。その人間の心には、姫様のことが忘れがたく刻まれております。ならば、命を奪わなければなりません」
振り返って見た顔は、厳めしく変わっていました。

兵士らは歌を続けながらも、鋭いヤスを後ろに引いて構えていました。青年との距離は、ヤスの長さの三倍もありません。宙空を切る飛び魚さえも仕留める兵士達です。放たれたヤスは確実に青年の命を奪うことでしょう。

「我らの姿を心に刻んだ人間は、そのことを仲間に吹聴し、やがて大人数を伴なって、害を及ぼそうとするでしょう。ですからに、その命を奪う。それが我らの掟であります」
「お聞きなさい」
諫めるような声を後に、姫は青年の立つ岩に身を寄せ、高らかに言いました。

「姿を見られたのは私。忘れられることがないのなら、命を奪う役目を第一に担うのはこの私。そなたらではない!」
もちろん姫は掟のことを知っていました。だからこそ、青年の記憶を確かめようと出立を遅らせていたのです。

『でも・・私の心の内で、忘れてほしくないという思いも芽生えてしまっている。今、この人から聞いた言葉ではっきりした。私は、胸の高まりを感じてしまった』

「では、この者の命、我が手にかけます」
伸び上がった姫は、青年の首に腕を巻きつけて海中に引き込みました。

『この人に、なんとしても生きていてほしい。たとえ、それが掟を破ることであったとしても』
片腕に抱いている青年の顔が、苦しそうに歪みはじめました。ですが暴れることはなく、その目は、しっかりと姫を見つめていました。

「あれほどに強い歌を聞いたばかりなのに、私の顔が見えるの?」
「ああ、僕には君が見え・・」
頬を寄せて話した姫に、激しく泡を吐き出しながら青年が言いました。
「首飾りが触れてから・・」

突然の出来事でした。青年は人魚の言葉がわかるようになっていたのです。

『首飾り・・』
青年の顔と間に挟んでいる貝の硬さに姫は気がつきました。
『理由はこのサクラ貝』
淡い桃色をした貝の殻は、表面の膜が薄く剥がれる時、間近で話される様々な言葉を、美しい波模様に刻みつけると言われています。首飾りについた貝は、姫の言葉はもちろん、青年の言葉も刻みつけていたのです。
おそらくはオレンジの皮を切る際に付着していた酸が、貝の皮膜を溶かしたのでしょう。そしてこの貝を介して、姫と青年の言葉は響き合い、伝わることができたのです。

「あなたは、私たちと話ができる!」
不意にひらめいた姫は、青年に首飾りの紐を掛けかえながら言いました。
「優しい人。どうか叫んでください。試練をと」
姫と一緒に海面に浮かび上がった青年の前には、硬い表情をした兵士らが並んでいました。

「たとえ心根の優しい人間でも、情けは無用!」
ヤスの切っ先がきらりと光りました。

「試練を!」
青年は喘ぎながら叫びました。



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ー愛を求めたドロボウと少女の物語ー 童話 『 唐草三五郎 〜ワタシの愛したドロボウさん 』 ...続きを見る
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2010/07/04 02:04

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