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zoom RSS 嵐、そして愛の物語(後編)

<<   作成日時 : 2009/07/30 08:50   >>

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【4.試練】

「試練を、と」
青年の言葉を聞いた隊長は驚きながらも、構えていたヤスを引いて数人の兵士に命じました。
「すぐにも近海にいる鯨の声を用いて、王にお伝えするのだ。姫様の姿を心に刻んだ人間より、試練の申し出がなされたと」

さらに隊長は青年に向き直って言いました。
「人間よ。陽が高く昇るまでに、王より下された試練の内容が届く。また、月が天の頂きにかかるまでには、王ご自身がこちらにお出でになる。そこでお前は、成し遂げた試練を王に示すのだ」

青年にとっては、いきなりの兵士達との出逢いであり、訳のわからない宣告だったはずです。
しかし、身体を支えている姫の視線の奥に、自分を救おうとする深い祈りを読み込んだのか、抵抗することもなく頷きました。

「人間よ。この小さな島は、まさに我らが海に囲まれている。夢にも逃げおおせるなどとは考えるな。では、試練の到着をここで待つがよい」
隊長は、姫に「準備がありますので」と恭しく頭を下げ、紺色の波間に姿を消しました。


「あなたには何も罪はないのです。すべては私たちの世界の掟ごと」
濡れた岩に青年とともに腰かけた姫は、青年に申し出をさせたことについて説明しました。

試練・・
それは、死を宣告された総ての者に与えられる、ただ一度だけの生き伸びる機会。
試練を受けることを選んだ者は、王からの課題をやり遂げた時に限り、死を免れるのです。もちろん生易しい課題ではありません。生きるよりも、よほど辛い課題が与えられるのです。

「もし、僕が試練を受けることを放棄したら?」
青年はうなだれがちに話す姫に尋ねました。
「私が、あなたの命を奪うことになります。もし、私が拒めば、他の誰かの手に委ねられます」
「では、僕に選択の余地はなかったということだね」
青年は、道理のつかない掟の押しつけに、憤慨することもなく明るく笑いました。

「幾度も会っていたはずなのに、君についての記憶は、夢に浮かんだものだけ。きっと現実の君は、別れを告げ続けていたのだろう。でも、怪我人を治したいという僕の衝動は、それを聞かずに君の世界の掟を破り続けた。
命を亡くすことは恐ろしい。けれど僕の医師としての誇りは満足している。試練、どのようなものかはわからないけど、チャンスがあるなら喜んで受けよう」

青年の声は穏やかでした。
しかし、そこには語られなかったことがありました。

『昨日まで、あなたは〈医師〉として通ってきてくれていた。ではなぜ、今朝はすっかり回復したはずの私の元にやってきたの。その身体を突き動かしたものは何であったの?』

語られなかった思いは、命を奪う責務をもつ者への配慮によって隠されていたのかもしれません。姫は尋ねることができませんでした。



やがて太陽は高く昇りました。

島はまだ眠っているかのように静まり返っていました。漁船は港に停泊したままで、外からやってきた船は、港に入ることもなく近海を漂っていました。
島とその周囲は、海人たちの歌声に包まれていました。兵士らに加え、数百人もの海人が集まっていました。
サクラ貝の首飾りをかけた青年を除き、島の人間は、各々の家で、道端で、ただ呆っとして時を過ごしていました。

課題はすでに青年に伝えられていました。
海人の隊長は、一抱えもあるシャコ貝を海底から引き上げ、青年の前において言ったのです。

「王から下された試練。それはお前の愛する者の舌を切り取って差し出すこと。
お前は、愛する者が言葉をなくした痛みとともに、我らのことを吹聴しないと自戒し続けるのだ。
さあ、これより開けるこの貝をのぞけ。
貝は、お前の心に浮かんだ愛する者の姿を感受し、その柔らかい肉に刻印する。必要があれば、王は貝を開き、刻印された者の姿を月光の下に映し出す。決して嘘はつけない」

サスで開かれた巨大な貝の前に、青年は顔を寄せました。
すぐにも貝は閉じられ、一方で青年は一言も発することなく磯辺を去って行きました。
姫は小さくなっていく人影を、呆然と見送りました。

『なんて辛いこと。医師であるあの人が、誰か他の者の舌を切り取るはずがない。きっと 彼は、私の前に命を投げ出す・・
 ああ、でも、もしも・・貝に閉じ込められた姿が、私であったら・・この舌を差し出せば、彼は生きることができる・・
 否、なんと愚かな想像を。陸に住まう人間が、海人を愛するなど・・ありえない』



姫は港の桟橋に腰をかけ、家々の奥、空に突き出した小さな風見鶏を見つめていました。そこに青年の住まう診療所があると聞いていました。

時に、海原に目を向ければ、おそらくは島の異変に気づいた人間達が遣わしたものなのでしょう、厚い鉄板に覆われた巨大な船が、ぼつぼつと数を増やしていました。
『もしやあの船が、彼を助け出してくれるかも』
期待を向けることもありましたが、島に近づく途中で波間に漂いました。海は、やはり海人たちの領分でありました。

流れる時間は、夜の海中で、大クラゲの触手に絡まれた時のように苦しみに満ちたものでした。何がしかの光が射したように見えて、そちらに浮かぼうとしても、すぐに光は消え、底知れぬ暗闇に引きずり込まれるのです。
儚い希望は、逃げ場のない現実をより強く突き付けました。


太陽は、西の彼方に膨れあがりながら姿を消し、すでに東に昇っていた月が、黄白色に色づき始めました。
いつのまに集まったのやら、獣使いの乙女らが波間に顔を出し、海面をリズミカルに叩きはじめました。それに応じるように、無数の鯨たちが海中から浮き上がり、港や近海に漂っていた船を横に押しのけました。

姫は尾鰭を洗う波に微かな震動が混じっているのを感じました。紫雲の流れる紺色の空の下、南方に目を凝らせば、海原の一部が小島のように盛り上がっていました。何かしらが海中を凄まじい勢いで接近してきていました。

「お父上・・」
姫の口元からつぶやきが漏れました。

やがて、激しい爆音とともに、港前の海面が壁のように立ち上がって割れました。豪雨のように降り注ぐ潮と大波が、停泊中の漁船を激しく揺さぶりました。
波がおさまった時、港には不可思議なものが浮かんでいました。

大型の鯱(しゃち)のような形をしたそれは、表面を流れ落ちる水滴に月光を映しこんで煌めいていました。ですが、わずかの間にも透明になり、それが在ることは、海面が不自然に窪んでいることによってしか判らなくなりました。

それこそは、海人の王の舟籠(ふなかご)。音や光を屈折通過させる物質でできており、海水の元素を崩壊させながら潮を割って進む。人間には不可知の乗り物でした。泳ぎ寄った数十人の兵士らが揺れを抑えるように舟籠の周囲を支えました。

舟籠の中央前方が静かに後ろに移動し、空洞部があらわになりました。
「儂(わし)はきたり」
白銀色の座席に座る人物がゆったりと発しました。人間の伝説にも伝わる 三つ又の矛を携えた海人の王が、皆の前に姿を現しました。




【5.愛するもの】


「兵士らへの采配、見事である」
前方に浮かぶ兵隊長にねぎらいの声をかけながら、王は港の隅々に視線を走らせました。
桟橋から降りた姫が正面にいますが、目をかける様子はありません。今の王は、試練の結果を見届けにきた海人界の統治者、娘に気をそらす父ではないのです。

「試練を唱えた者はいずこに!」
威厳に満ちた低い声が波をさざめかせました。

「僕はここにいます」
若い声が応えました。港に並ぶ家々の間をぬけ、青年がゆっくりと歩いてきました。
姫が予想していたように、その手には何も持っていませんでした。隣に誰かを連れているわけでもありません。

「見れば、試練は果たしていないようだが、いかがした」
「その件ですが・・」
青年は、大アザラシのように威圧感のある王を わずか数波近くに見ても怯む様子はありませんでした。
「僕は、あなたから与えられた課題を考え続けていました。ですが、わかりませんでした。舌を切る以前に、愛する者のことさえ、わからなかったのです」
「ならば、試練は果たされなかったということになる。お前は、姿を見られた海人によって命を奪われる。両の者、我が前に!」
王の言葉とともに、青年は兵士らに海に引きずり込まれ、舟籠の横に浮かんだ鯨の背に投げ上げられました。


『とうとう、この時がやってきてしまった』
避けることのできない事の流れに心を砕かれながら、姫は王の面前に泳ぎ寄りました。

「では、姿を見られた者よ、役割を果たせ」
王は腰に結んでいた短刀を引き抜き、姫に手渡しました。

『人間が海人を愛す・・この愚かな想像が、真実であることはないの?もし真実なら、私は舌を無くしてもかまわない』
微かな望みに賭けるため、姫は深く息を吸ってから口を開きました。

「王様、もしやこの者が愛するのは、この者自身なのかもしれません。ならば愛する者が解らないのも道理というもの。人間とはいえ、怪我の手当てをしてくれた恩人。私は、この者が真に愛する者を知らせ、さらに試練遂行の手助けをしたく思います。
どうぞ、シャコ貝をお開き下さい。映し出された者の舌、この短刀の届く所にあるなら、必ず切り取って差し出します。そうでなければ、この者の命を奪うのみ」

「試練の手助けとは前代未聞のこと。なれどお前の申し出にも一理はある。よいか、交わした約束、決して翻すことはできぬぞ」
かっと目を見開いた王に、姫は毅然と頷きました。
のぞきこんだ父の、深い碧色の瞳の奥には『それは、お前ではない。そうなのだろう』
問いかけるような悲しい光が浮かんでいるようでした。

「では、そのように」
低く唸った王が矛を振ると、姫と青年の乗った鯨の背から、潮が高く吹き上げられ始めました。
「王の前に貝を!」
隊長の合図に、海中に浸していたシャコ貝が引き上げられ、兵士らの腕に高く掲げられました。

しぶきを受けたシャコ貝が、ゆっくりと開いていきました。その内側からは微かな蒸気が立ち登り、様々な色彩を生じながら水煙の中に伸びていきました。
やがて、宙空にぼんやりと人の形が映し出されました。次第にはっきりとしていくその人は、きらめく金色の髪をした美しい海人の女性でした。

兵士らは、見てはならないもののように顔を背け、王は固く口を引きました。

「ああ・・」
姫は安堵の息をもらしました。

『これでこの人は救われる。彼がシャコ貝に刻みつけたのは、私だった』
胸を焦がすような熱い思いに、舌を切ることへの怖れは全く感じませんでした。手にした短刀をしっかりと握り返しました。

「違う!」
青年が叫び、姫の腕を強く押さえました。
「確かに僕は君を思った。でも違うんだ」
「その貝は、偽りを映すことはない。お前は人間でありながら、海人の女を愛したのだ」
舟籠の端にすり寄った王が、矛の背を激しく青年の肩に振り落としましたが、青年は姫の腕を放そうとはしませんでした。
「お放し下さい。これが、あなたの命を救うただ一つの方法なのです」
姫は青年に懇願しました。
「君・・」
王に打たれても放れなかった青年の手が、容易く解かれました。姫の腕には、常軌を逸した力が宿っていました。

「私は舌を切り、王に捧げます」
姫は短刀を口元に運ぼうとしました。ですが、腕はまるで他人のもののように動きませんでした。それどころか、意思に反して高く掲げられていったのです。
「あっ」
いつしか、姫の身体からは淡い光が滲み出ていました。膨れながら、大きな人の形となっていきます。そして突然、短刀が薙ぎ払われました。

一体、何が起こったというのでしょう。
短刀を落とした姫はもちろんのこと、海中、海上領域のあらゆる不可思議な現象に造詣が深い王でさえ、見当がつかないようでした。
そして・・辺りには、音というものが消えていました。
岸を打つ波も、耳をなでる風のささやきも聞こえません。これまで休むことなく続いていた海人たちの忘れ歌も、顔を見合わせて話そうとするごく近くの者の声も聞こえなくなっています。物は動いているのに音は聞こえない、全くの真空と同じ状態がそこにありました。

目を見張った王の前には、淡く光りながら揺れる人の形が手を伸ばしていました。眩しく輝くごく小さな粒を差し出そうとしています。

「僕は、愛する女性の瞳の奥に見たのです。言い尽くすことのできない美しい空と海を」
青年が発しました。その言葉は、音をなくした世界に響くただ一つの調べのように、居合わせる皆の耳に届きました。
「僕は一人の女性を愛している。しかし実際は、その女性の内側で豊かに息づいているものを愛しているのです。それは、これまでに出会ったどのひとにも見つけることができなかった」

「もしや・・」
手に乗せられた輝きを口元によせた王が、皆に聞こえる声を発しました。
「やはり、これを介せば音は生じる。人間よ、お前が見たのは、我が娘が心に育んできた自然の息吹そのもの。それが、なんということか、このように姿を形取り、舌を切って差し出したのだ。
そして音の消えたこの世界で、お前が声を発することが出来るのは、その胸の内に、深く刻まれた自然が脈々と息づいているからに他ならない」

王の手に乗せられた輝きは、愛し合う二人が生み出した自然界の舌とでも言えるものだったのでしょう。それが切られたために、辺りには音が消えてしまったのです。


「試練は果たされた」
玉座に戻った王が、三つ又の矛を高々と掲げました。
「儂はお前が愛している者の舌を受け取った。人間よ、お前は生きる権利を得たのだ」
厳かに宣言した王は、片手に握っていた輝く粒を宙に放ちました。
それは、揺れ動く人形の周囲を漂い、やがて跡形もなく消えていきました。

波がさざめき始めました。耳をなでる風のささやきが、海人たちの歌声を運んできています。

「儂はここでの役割を終えた。
姫よ、大いなるものに見守られているお前とその人間との関わり。我らの掟は、もはや口を挟めるものではない」
王は宮殿の外では見せたことのない屈託のない笑顔を、姫に向けました。

「お父上、私は、これから何をすれば」
「お前はその者とともに、我らの掟の内と外を歩み、間に橋を架けることに成功した。そのような者に、父としても、王としても、かける言葉はない。自らの意志により為すべきことを決めるがよい」
厳しくも、温もりに満ちた王の言葉に、姫は淑やかに頭を下げ、はいとうなずきました。


渦を巻きながら沈み始めた王の舟籠を後に、姫は青年を岸辺まで送りとどけました。

「君は、王と一緒に帰らないのかい」
瞳をのぞきこみながら青年が尋ねました。
「今すぐとは申しませんが、私は帰ります。私は海人、その王族の者としての勤めが待っております」

いつしか、海人たちの歌声は聞こえなくなっていました。四方に散っていく鯨たちの鳴き声が、遠く近くに響いています。島のあちこちで、呆っとしていた人間が首をかしげながら動き始めています。

『愛しい貴方、今は、貴方にどのような言葉をかけてよいのかわからない。ささやかな別れの言葉さえも浮かんでこない』
姫は青年に一度振り返り、暗い海に身を躍らせました。


「僕はいつでも君を待っている。朝日が射し込むあの磯辺で」
月光を織り込んだ波の間に、青年の声が小さくこだましました。



                                              了
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